運転免許の返納 1

精神科医 和田秀樹 著 
【『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)】より抜粋

※ この記事は、ダイヤモンド オンラインのページから引用しています。

人生100年時代。現在の70代の日本人はかつての70代とは違います。若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」とも言えます。70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません。長年高齢者と接している精神科医の和田秀樹さんは、仕事のリタイアや運転免許の返納など、何事においても「引退」をしてはいけないと言います。

何事においても、「引退」などしてはいけない

 要介護となる時期をなるべく遅らせて、80代以降も元気に過ごすためには、最後の活動期である70代の過ごし方がカギになります。この章では、70代の人がどのような生活を心がければいいのかをみていきましょう。 定年延長や定年後の再雇用など、高齢になっても働く環境が整備されつつありますが、それでも、70代ともなれば、いままで勤めていた会社を退職している人が多いのではないでしょうか。

 70代に一気に老け込む人の典型は、仕事をリタイアしたときから、一切の活動をいっぺんにやめてしまうというケースです。これまで懸命に働いてきたのだから、退職したらもう何もせず家でゴロゴロ過ごしたいと、指折り退職の日を待っている人もいます。
しかし、70歳まで現役で仕事をしていた人が、退職後の生活に何をやるのかを考えることもなくリタイアすると、一気に老け込んでしまうことが多いのです。

 働いているときは、デスクワークのような仕事であっても、通勤などで思っている以上に身体を使っているものです。それなのに、退職してから家にこもりがちになってしまうと、70代の人なら1ヵ月もすれば、運動機能はずいぶんと落ちてしまいます。
 また、脳機能の面でも、働いていれば、日々、それなりの知的活動や他者とのコミュニケーションがあり、さまざまな出来事にも遭遇することになりますが、ただ家で過ごしているだけでは、そういった脳の活動はなくなり、認知症のリスクが高まっていきます。

 70代で運転免許を決して返納してはいけない理由 寿命が延びて、90歳、100歳まで生きるようなこれからの時代は、歳をとったので「引退する」という考え方自体が、老後生活のリスクになります。引退などと考えず、いつまでも現役の市民であろうとすることが、老化を遅らせて、長い晩年を元気に過ごす秘訣です。
 たとえば、何かの商店主をやっている人、建築士や税理士など資格をもって70代まで仕事をやってきたような人が、「○○歳を機に仕事を辞める」というようなことがありますが、そのような選択はけっして得策ではありません。 農業や漁業、職人のような仕事もそうですが、自分が辞めると決めない限り、続けられるような仕事であるなら、身体がもつ限り、できる範囲で一生続けることが老化を遅らせるいい方法です。

 勤め人であっても、役職からは年齢によって外されることもあるかもしれませんが、「働く」ということからは、引退する必要などありません。アルバイトや契約社員など、どのような形態であっても、「仕事」を通して社会とのかかわりをもち続けることが、活動レベルを落とさず、若々しくいる秘訣だと私は思います。

 退職後も社会とかかわっていくという意味では、もちろん「仕事」がすべてではありません。町内会の役員や、マンションの管理組合の役員、趣味の集まりの役職などでもいいのです。ボランティア活動も、退職後の社会参加としてはひとつの選択肢です。
 誰かと協働し、誰かの役に立ったり、誰かに必要とされていると感じることは、いつまでも現役意識を維持することに大いに役立つはずです。
 70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます。

運転免許は返納してはいけない

 70代になったら、「引退」など考えてはいけないと前述しました。どのようなものであっても「引退」には、生活環境の変化がともなうものです。高齢者にとっては、生活環境がガラッと変わることは大きなリスクになってきます。
 環境の変化が、これまでの元気な生活を支えていたルーティンを破壊し、日々の活動レベルを低下させることが往々にして起こるのです。この活動レベルの低下が、これまで機能していた運動能力や脳の働きを廃(すた)れさせてしまいます。
 自動車の運転においても、引退などしてはいけません。最近は、高齢者の運転に対して、危険であるかのような風潮が広がっていて、免許の自主返納などといったことまで始まっています。

 しかし、高齢になっても運転をやめたりしないことが、元気な高齢者でいるためには大切なことです。
 交通の便がいい都会に住んでいる人なら、自動車の運転をやめたとしても、他の移動手段があると思います。
 しかし、地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が運転免許を返してしまうと、ほとんど外に出ることができなくなってしまい、2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態になったりする可能性が高まります。

運転できず外出機会が減ると運動機能も認知機能も簡単に衰える

 車が運転できれば、ちょっとしたことでも外出する機会は確実に増えます。最近では地方にもショッピングモールや大型スーパーが進出していますので、買い物に車で行っても施設内をかなり歩くので、いい運動になります。
 そういったお店には近隣住民が集まりますので、知り合いに出会って話し込むこともあるでしょう。フードコートに行けば、いろいろなメニューが用意されていて、バリエーション豊かな食事ができます。
 それが運転免許を返してしまって、家にこもり、誰とも会わず過ごすような生活になってしまうと、運動機能も脳機能も簡単に衰えてしまいます。

 筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果でも、そのことは裏づけられています。
 この研究チームは、愛知県の65歳以上の男女2800人を追跡調査しました。2006~2007年時点で要介護認定を受けておらず、運転をしている人に10年8月の時点で運転を続けているかあらためて聞き、認知機能を含めた健康状態を調べ、さらに16年11月まで追跡して、運転継続と要介護認定との関係を分析したのです。

 病気になったり、認知機能が落ちたりして運転ができなくなった例は除いて、統計学的に調整して分析をしました。
その結果、10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて、16年には要介護となるリスクが2.09倍にもなったのです。
 この調査結果では、運転をやめてからは移動に電車やバス、自転車を利用していたという人の要介護リスクも調べていますが、その人たちでも、運転を続けた人に比べて1.69倍の要介護リスクとなっています。

 他の移動手段を使っていたという人でさえ、運転をやめたことの生活へのダメージは大きく、活動量は落ちてしまったのだと思います。運転免許を取り上げられると、活動しようという積極性や意欲の面でも萎えさせてしまうのです。
 たかだか車の運転と思われるかもしれませんが、それをやめたことの影響で要介護リスクが2倍も変わるくらい、高齢者の人たちは脆弱なのです。70代ともなれば、その傾向はさらに強くなります。

 アクティブに生きていたらそのように生活ができますが、いったんそれをやめてしまうとすぐに要介護状態に陥ってしまう。それが70代の危うさだと理解してください