運転免許の返納 2

精神科医 和田秀樹 著 
【『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)】より抜粋

※ この記事は、ダイヤモンド オンラインのページから引用しています。

実は、高齢ドライバーは危なくない

 運転は続けるべきだと述べましたが、いくらそのように言われても、「でも、高齢になっても運転を続けるのは危ないのではないか」、「事故を起こしてまわりに迷惑をかけるのではないか」などと不安になる高齢者やそのご家族の方もいると思います。
 認知機能の落ちている高齢者が運転操作を誤り、重大事故を多発させていると思っている人もたくさんいると思います。しかしそれは、盛んにメディアでそのような事故が取り上げられたことによる誤解でしかありません。
 そもそも、実際に高齢者が事故を起こす確率は高くないのです。

 警察庁交通局が発表する「平成30年の交通事故状況」によると、原付以上の免許をもっている人口10万人当たりの年齢層別の事故件数では、もっとも事故を起こしているのは16~19歳の年齢層で、約1489件。次いで20~24歳が約876件と続きます。
 一方、高齢者でもっとも事故を起こしている年齢層は85歳以上ですが、それは約645件にしかすぎません。これは、25~29歳の約624件とほぼ同程度です。80~84歳でも約604件。70代に至っては、約500件前後で、その他の30代~60代の年齢層が概ね450件前後なので、特別、事故率が高いとは言い切れません。
もし、交通事故を減らそうと考えるのなら、圧倒的に多く事故を起こしている若年ドライバーの運転になんらかの手を打つほうが効果的です。

 それなのにメディアは、人々の耳目を引くからといって、高齢ドライバーが暴走した事件を盛んに取り上げます。そういった報道に触れるたびに、世間には、「高齢ドライバーは事故を起こしやすい」、「危ないから免許を取り上げられても仕方ない」といった風潮が広がってしまいました。

 データをもとに合理的に考えるなら、高齢者から免許を取り上げるなどということに、正当性はまったくありません。お上に従う気質が染み付いている日本社会では、このようなことを行政が推進しても騒ぎが起こりませんが、人権意識が確立されている欧米社会では、高齢者に対する差別と言われかねないでしょう。

「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」は認知症が原因ではない

 高齢者の事故では、「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」という証言が報道されることがよくあります。こういった情報も、「ブレーキとアクセルを間違えるなんて、よほど運転者はボケている高齢者なのだろう」といった誤解を生んでいます。
 しかし、高齢者専門の精神科医の立場から言わせていただくと、認知症が原因で、ブレーキとアクセルを間違えるなどということは、ほぼあり得ません。数分前のことを忘れてしまうような中等度の認知症患者でも、スプーンと箸の区別がつかなくなる人はいないのです。

 もし、スプーンと箸の区別がつかないかなり進んだ認知症の人だと、車の運転そのものができないはずです。
 車の運転ができるような人であれば、軽度の認知症でも、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは確率的にゼロに近いはずです。

 つまり、踏み間違えたのは、ペダルの区別がつかないからではなく、うっかりしたり、慌てたからなのです。これは、高齢者だけではなく、若い人でも起こすミスです。
 確かに高齢になると、動体視力や反射神経が衰えるので、一瞬の判断が遅れることもあります。ペダルの踏み間違えによる事故も、増える傾向がありますが、ただ、このような事故はすべての年代で起こっている事故でもあります。そして、全事故に占める割合は、たった1%ほどしかないのです。

高齢ドライバーの逆走や暴走は運動機能の低下が原因ではない

 ペダルの踏み間違え以外にも、高齢ドライバーの起こす事故には、まれに逆走や暴走といった、明らかに不自然なものもあります。これらは、高齢による運転技能の低下によって引き起こされたものではけっしてありません。ほとんどが、薬による意識障害が原因ではないかと私は考えています。薬害と言ってもいいくらいでしょう。

 高齢者になると、複数の薬を常用している人が多くなります。また、高齢者は代謝も落ちていますから、薬の副作用が出やすいこともあります。それによって、低血糖や低血圧、低ナトリウム血症などで、意識障害を起こしやすいのです。
 暴走事故を起こした高齢ドライバーが、当時の状況を「よく覚えていない」などと言うことがありますが、これは明らかに意識障害を疑っていい証言です。今後は、薬を飲んでいる高齢者においては、意識障害を起こすリスクがあるのかどうかを慎重に判断して、運転を続けるかどうか決めることは必要かもしれません。

 しかし、繰り返しますが、高齢者が事故を起こす割合はけっして高くないのです。それなのに、年齢で一律に区切って、運転免許の更新において制約を課したり、高齢になれば免許は返納すべきといった風潮がつくられていることに私は憤りを感じています。
 運転免許を取り上げられることが、死活問題となる高齢者の人もたくさんいるのです。ご自身が運転をしたくないというのであれば話は別ですが、運転する必要性があり、それを希望しているのであれば、運転免許は返納などけっしてしてはいけません。運転からの引退は、老化を加速させる結果をもたらしてしまうからです。